くうきあなのはなし

愛は孤独を救わない

しあわせ家族計画

どうも、何かこう、家にこもって勉強ばかりしているとお洒落して出かけたくなり、美容にも気を遣いたくなり、フェイシャルマスクをする15分の間に書いています、エデです。

 

私は兄弟姉妹がいません。

本当は欲しかったそうですが、経済的事情でそんな余裕はなかったそうで。

 

今、友人たちと実家で国試合宿という共同生活を送っていて、まるで兄弟のようです。

おやつを誰かが食べ過ぎて誰かが食べられないという現象が起こるから、ついに各自の名前が書かれた袋におやつが供給されるようになりました。恐るべしおやつ袋。

 

人は皆ないものねだりといいますか、兄弟姉妹がいた方は「一人っ子がいい」とよく言いますし、姉がいれば妹が良かったと言ったり。

だから、これはただただ私の無い物ねだりですが、私は一人っ子ですから、兄弟姉妹が欲しかった。具体的には兄と妹が欲しいかな。

 

だから、もし自分が結婚して子供に恵まれたなら、複数人産みたいと思っています。

しかし、現実的に考えて、子供が増えるとその分の教育費など恐るべきことになるわけです。

私は京都の某有名私立幼稚園の出身で、そこはまあ、私のようなものも紛れ込んでおりますが、「えーとこの子」が多いところで、まあもう、面接ともなれば母親が持ってるバッグはバーキンみたいな世界でした。

そんな、えーとこの子たちの家族は、いろんな習い事を子供にさせます。

で、私立の小学校とか中学校とか行っちゃったりして。

 

自分だって学費というものがかかるとか、そういうものが計算できる年齢になりましたから、考えてみれば、複数の子供達をそうして平等に習い事をさせて、そして複数の子供達を有名大学などのエリートにつながる道へ導いている親御さんというのは、本当にすごいんだなあと。

 

自分に、そんな甲斐性ができるのかわかりません。

でも日本の人口を増やすために3人は欲しいなんて思っていて、そうしたら、ものすご〜く、お金もかかるんだなあと想像します。

いや、もうほんと、取らぬ狸の皮算用というか、いやむしろ、妄想の世界ですけどね。

 

私は、昔「家」を手放さざるを得なかったことがトラウマになっています。

私の中で「前の家」というのは理想的な家族でした。

それは、理想的な家族を、父母、祖母が必死に演じていたからでした。

母の願いは「家だけでも娘に残したい」ということでした。

 

今同居している友人のお母様にも同じような願いがあるようで。

 

小児科を勉強していて思いました。

どんな障害がある子でも、きっと生まれたらもう全力で可愛くて、愛せると。

 

数の子供達をエリートに導いたバーキン持ち家族たちも、それはそれはまばゆいお金持ちに見えるかもしれない、でも、きっと子供達の幸せを願う気持ちというのは、素朴で同じなんだろうな、と。

思います。