懐かしきものもの(過去発掘エッセイ)
昔々のフィルムというのは、ペロッと舐めると味がしたらしい。
母親のカメラがフィルムを自動で巻き上げるあの「ジー」という音を知っている。覚えている。
フィルムには像が写る。ネガでも、ポジでも、そこには確固たる「写真」そのものが存在する。
手に収まる小さなカメラで、私は写真を撮る。
フィルムには世界が刻まれる。虚像ではなく、実像として。
おさめた世界は、あのフィルムケースに仕舞われていく。
フィルムで写真を撮るということが、許される泥棒をしているみたいなのだ。
誰も咎めはしない、シャッターの一切りで私はフィルムに、世界の実存を手に入れてしまう。
写真が美しいかどうかが問題なのではない。そこに、写し取られたフィルムがあるかどうか、なのだ。